知られざる日本の山林王たち

第七回 現代に生きる日本一の山林王(前)

プロフィール

のむら すすむ/1956年生まれ。ノンフィクションライター、拓殖大学国際学部教授。
上智大学外国語学部英語学科中退後、フィリピンに留学。アテネオ・デ・マニラ大学で学ぶ傍ら取材・執筆活動を始める。帰国後、『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+α文庫)を発表。アジア・太平洋地域、先端医療、メディア、事件、人物・企業論などの分野で取材と執筆を続けてきた。著書に『コリアン世界の旅』(講談社文庫・大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『アジア 新しい物語』(文春文庫・第11回アジア太平洋賞受賞)など。他に、創業百年を超える日本の老舗企業の生き残りを丹念に追った『千年、働いてきました』(角川グループパブリッシング)、在日中国人の「現在」に迫った『島国チャイニーズ』(講談社)がある。
朝日新聞、読売新聞の書評委員を歴任。講談社ノンフィクション賞選考委員。

 積年の不摂生がたたったのか、長らく休載してしまい、ご迷惑をおかけした。体調はほぼ戻ったので、今回から再出発としたい。

たたら製鉄と日本最大の山林王

 日本各地の山林王を訪ねる旅は、南の果てから北の果てに至ったのち、いよいよその中心地の本州を縦断していく。

 まずは、3つの問いを立ててみよう。

 宮崎駿監督の「もののけ姫」をごらんになった方は多いと思う。

 あのなかに、「たたら場」と呼ばれる、日本独特の製鉄の現場が出てくる。

「もののけ姫」はむろんフィクションだが、たたら場は実在した。そのモデルとされる、たたら場の持ち主は、いったいだれだったのか。

 次の問いは、「日本最大の山林王はだれか」というものだ。

 日本の林業に詳しい関係者100人に尋ねれば、おそらく100人から同じ答えが返ってくるはずだ。それは、だれか。

 問いの3つ目――。

 かつて「山林王」といえば、すぐさま口にのぼる家名がいくつもあった。三重の諸戸(もろと)家、奈良の土倉(どくら)家、鳥取の石谷(いしたに)家……。

 ところが、それらはもはや歴史のなかに名をとどめるにすぎない。いずれも、子孫が相続のおりに広大な山林を分割したり、山林経営をやめてしまったりしたあげく、山林王の面影はもはや消え失せている。

 ただひとり、むかしながらの山林王が、日本海にのぞむ山陰地方に存在する。それは、だれなのか。

 3つの問いの答えは、ひとつである。

 もうおわかりであろう。この連載でも何度か登場した名前だ。「田部長右衛門(たなべちょうえもん)」の名を24代にわたって引き継いできた、島根の田部家である。

 24代のあと、田部長右衛門の名は現在つかわれていない。とはいえ、いずれ25代目を名のる跡つぎは、すでに決まっている。当代の田部家をまもる田部真孝(まさたか)さん、弱冠33歳の山林王である。

【次ページ】若き山林王、登場

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