エッセイ

偏愛読書館
読めなくなったクリスティー

『アクロイド殺し』 (アガサ・クリスティー 著)

星川 桂

 毎日忙しくて疲れていた頃に読んでいた小説には折り目がたくさん付いていて、時間と心に余裕のある時には折り目は少ない。すごく忙しいときには簡単に読める児童書のバージョンを買って、折り目を付けながら読んだこともありました。この楽しみによってクリスティーの小説は日記のように大切な存在になりました。

 ところが、こんなにクリスティーが好きだった私が、ぱったりとクリスティーを読まなくなりました。

 クリスティーが生前に書き上げ、自分の死後に出版するようにと言って執筆したポワロ最期の事件『カーテン』に出会ってしまったからです。

 この作品を読み終わったらクリスティーと私の時間が終わってしまう。そう思うと悲しくなってしまって、どうしてもクリスティーを読む事が出来なくなりました。

 今でも『カーテン』は私の本棚の奥に眠っています。

 ネット社会と呼ばれる今、私は気軽に『カーテン』という言葉を検索することさえ出来ません。何かの拍子に物語の大切なキーワードを目にしてしまうかも知れないからです。

 更に最近では、思いきって加入したCSのAXNミステリー(ミステリードラマの専門チャンネル)も観ることが出来ません。

 何故ならば、ポワロのファイナルシーズンがオンエアされることになったからです。日に日に詳しくなっていく『カーテン』のCM、私には堪えられません。

 今こそ『カーテン』を読む時なのだろうか? 葛藤の末、私は原点である『アクロイド殺し』を再び読むことにしました。

 やっぱりあのトリックは色あせていませんでした。張り巡らされた伏線に気が付くことのできる幸せに、私はどっぷり浸かりました。

 私が高校生の時に先生の一言で『アクロイド殺し』を買ったように、私の「偏愛読書館」を読んで『アクロイド殺し』を手にする人がいたらうれしいです。そして、私が先生に感想を報告したように、私に声をかけてくれる人が現れることを願わずにはいられません。

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『アクロイド殺し』 (アガサ・クリスティー 著)

掲載オール讀物 2015年6月号

オール讀物 2015年6月号

定価:980円(税込) 発売日:2015年05月22日

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