1分書評

まるで一緒に遭難しているかのよう!
マルケスの才能が光る一気読み必至の漂流記

『ある遭難者の物語』 (ガブリエル・ガルシア=マルケス 著)

ヤマザキ マリ

忙しい朝も1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今朝はヤマザキマリさん。

『ある遭難者の物語』 (ガブリエル・ガルシア=マルケス 著/水声社)

 マルケスがノーベル文学賞を受賞して間もない頃、イタリア留学中だった私が『百年の孤独』『族長の秋』といった長編小説を何冊か読んだ後に手にしたのがこの作品である。

 1955年、モービルからコロンビアに向けてカリブ海を航海していた船から、転落してしまった数名の船員。その中で唯一10日間の漂流の挙げ句生き残った一人の若者から聞き出した記録をもとに書かれたものだが、報道という現実の記録が、語り部次第でどれだけの豊かな彩りと奥行きを持ったものになり得るのか、ドキュメンタリーという括りの中でフィクション以上の面白さを醸し出せるのか、マルケスのストーリーテラーとしての天性の才能が端々から感じられる一冊である。船員の生への執着と絶望との葛藤のモノローグ描写は、読者にまるで一緒に遭難しているかのような生々しい感覚を与え、一気読みは必至だ。

1967年東京都生まれ。84年に渡伊、フィレンツェの美術学校で美術史・油絵を専攻。97年に漫画家デビュー。2010年、『テルマエ・ロマエ』で手塚治虫文化賞短編賞受賞。900万部のベストセラーに。他に『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』、エッセーに『男性論 ECCE HOMO』など。CREA WEBにて「立っている者は母(リョウコ)でも使え!」連載中。

 ラテン系の民族というのは基本的におしゃべり好きである。コロンビア人であるマルケスもその自在な言語表現のスキルを自らの祖母の影響だと言っていたが、私の暮らすイタリアの人々も、ある事無い事に様々な装飾物を盛り込んで喋るのが大好きだ。マルケスのような、そんな環境の中での生活経験者がジャーナリストという職について、事象報告だけに収まらない記事を新聞に載せた時、それを面白く読めるかどうかは読み手の想像力の柔軟性と器の大きさ次第だろう。

 現実という塊を捏ねまわし、ありとあらゆる形状に自在に作り上げてしまう彼の才能は、この実際にメキシコ湾で起こったとある若い漂流者の、まるで作り話のようなドキュメンタリーにも存分に生かされている。

 フィクションに塗り替えるのではなく、実際に起きた出来事という事実を、いかなる手腕でどこまで歪めることができるのか。小説に限ったことではないが、それが私にとっての面白い作品の条件と言えるかもしれない。

ある遭難者の物語
ガブリエル・ガルシア=マルケス・著

水声社 定価:本体1,500円+税 発売日:1982年12月15日

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