エッセイ

偏愛読書館
本の世界を思い切り泳いだ後で

『冷静と情熱のあいだ』 (江國香織 著)

柊子
柊子しゅうこ/1991年、奈良県生まれ。女優。ACT21所属。中学2年生で所属事務所上演の「半ダースの日常」で初舞台を踏む。映画やドラマで活躍し、今年、NHK朝ドラ「まれ」に矢野陶子役で出演。作詞家の顔も持つ。

 幼い頃、玄関に並んでいた母の高いヒールの靴を履いて、コツコツと、音を立てて遊んでいた。香水を付けていいのは、お酒を飲んでもいい20歳からだと思っていた。

 江國香織さんの小説を初めて読んだのは19歳の頃。私はある映画の撮影のため、北海道の釧路地方に1か月弱滞在していた。オーディションを受けて手に入れた主人公のクラスメート役の一人として撮影に参加していたが、私はこの仕事を始めた17歳の頃から人との距離の取り方が苦手だった。待ち時間やお昼休憩の時には、一人でいても不自然にならないように、いつも本を持ち歩くようにしていた。

 しかし浅い計算をしていた私。ロケが始まってすぐに、北海道に持ってきていた本を読み切ってしまった。あるオフの日。一人、古書店へ向かい、以前から気になっていた『冷静と情熱のあいだ』を辻仁成さんのパートとあわせて購入。私のようなお子ちゃまにはまだ早いかな、と手を引っ込めていたそれまでの私だったが、北海道の風のせいか、ロケに参加している高揚感からか、何の迷いもなく、レジへと向かった。私が江國さんの作品に、江國さんの世界に触れた記念日。それからというもの、ハマリようは自分でも驚くほど。続いて『がらくた』『落下する夕方』『なつのひかり』『神様のボート』。江國さんの本がにひとつ入っているだけでココロがほくほくした。

 ここでどうしても自慢(?)したい……。『がらくた』の世界には柊子という女性が存在する。出会えた時の喜びといったらもう。よく、芸名ですか?と聞かれるが私の柊子という名は本名で、大好きな江國さんの小説の主人公と同じ名前というのは、う、運命!?と惚気たくなってしまう私を許してほしい。

 生まれ変わったら何になりたい?とよくある雑談。花。鳥。異性……。私は、生まれ変わったら、江國さんの世界で生きている女性になりたい。例えば『冷静と情熱のあいだ』のアオイ。胸の奥の奥の方で小さく、でも確かに輝く存在を秘めている。アオイの抱える想いを「分かる」なんて私には到底言えない。けれど想像する。同じように、まだ外が明るい時間にバスタブにお湯を張って。私の元へ、ジム帰りのマーヴは勿論来ないのだけれど(笑)。

 何より、江國さんによって描かれた女性たちの佇まいが好き。私にとって江國香織さんの小説は、心を穏やかにしてくれる、疲れた時に口に入れる甘いキャンディーのような、たっぷりとしたグラスに入ったワインのような、とにかく魔法のような、信じられないほど素敵な世界。

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オール讀物 2015年8月号

特別定価:1,200円(税込) 発売日:2015年07月22日

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