1分書評

言葉が消えゆく、虚構の挑戦

『残像に口紅を』 (筒井康隆 著)

門脇 舞以

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は門脇舞以さん。

 1音、2音と言葉が消え落ちていく。

 果ては現実の終わりか、虚構の終わりか、世界の消滅か――。

 主人公である作家・佐治勝夫は<言語で表現されているものはすべて虚構である>と考えた。己の現実そのものが虚構であるとし、己自身もまた虚構内存在となった。「つまり、君とぼくが今こうやって話しているのも、虚構というわけだろう」そう指摘する彼の理解者であり評論家の津田得治に、佐治はこの実験的小説の始まりを告げる。「日本語表記の『音』を、ひとつずつ消していく」。

 すでに世界から「あ」が消えていたことに気づかされたのは、2音めの「ぱ」が消失した頃だった。同時に「パン」も「朝」も「あなた」も「愛」も消えてしまったが、消えた音が何かを意識することはできない。ひと時の喪失感が余韻として残るのみであった……。

「あ」が消えれば、「~である」なども失われ、この小説の冒頭から「あ」を含むすべてが使用不可となる。この小説の立役者であると自覚し、その真っ只中で思考し行動している佐治よりも、読んでいるこちらの方が「まだこんなにページが残っているのに大丈夫なのか」とはらはらしてしまう展開だ。

 しかし作者の豊富な語彙と言い換えにより、佐治が、観劇シーン・交情シーン・講演シーンを(筒井節たっぷりに)乗り切っていく様は見事である。55音が消えた頃、彼は自らの生い立ちを回想する。言葉選びを許されぬ状況が、両親への苦々しい思いをより露わとさせているようで辛い。

 無作為に、時に作為的に損なわれ不自由になっていく世界で、限界まで挑戦し開拓し、やり遂げられる実験的小説。作者の、言葉に対する真剣さをひしと感じる一冊である。

門脇 舞以(かどわき・まい)

門脇 舞以

2001年、声優デビュー。主なアニメの出演作に『Fate/stay night』『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』(イリヤスフィール・フォン・アインツベルン役)、『ストライクウィッチーズ』(サーニャ・V・リトヴャク役)などがある。読書好きとして知られ、また日々の子育てに奮闘する“ヲタママ”でもある。

残像に口紅を
筒井康隆・著

中公文庫 定価:本体743円+税 発売日:1995年04月18日

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