1分書評

脚本家・北川悦吏子の詩で思い出すこと。確かに自分は「恋をしていた」ことがある

『恋をしていた。』 (北川悦吏子 著)

俵 万智

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

「ロングバケーション」「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」などで知られる脚本家、北川悦吏子さんが綴る恋についての短い詩、あるいは心のかけらのような一言。そこに、説明ではない、ほどよい距離感を保った美しい写真が添えられている。撮影者のあさぎ空豆さんは、北川さんの17歳になる娘さんらしい。とても情感豊かな、つまり詩的な写真なので、言葉とうまくマッチしている。

「この悲しさの源を知らないふりをする。」

 きゅーん。

「想いが、募らないように気をつけた。」

 きゅん、きゅーん。

「あんなことでも、私、すごく嬉しかったのよ。」

 きゅ、きゅ、きゅーん。

 一度でも恋をしたことのある人なら、きっとどこかのページで、きゅんっとするだろう。そう、確かに自分は「恋をしていた」ことがあると、思い出させてくれる一冊だ。

 あの胸苦しくて、甘酸っぱくて、臆病で、悲観的で、喜びやすく、傷つきやすい、まったく不思議で不安定で不本意で不埒な感情。その渦中にいた自分が、たった一言でよみがえる。さすが、数々の名ゼリフを書いた人である。

 悲しさの源を知らないふりをするのは、それが恋しい人とつながっているから。悲しさをたぐり寄せていった先に、その人がいることを認めるのが辛いから。

 想いが募らないように気をつけるのは、コントロール不能になるのが恐いから。好きになりすぎると、そのぶん傷つくからっていうのも、ある。

 ささやかなことで、びっくりするくらい嬉しいのも、恋の「あるある」だろう。心が敏感で、振れ幅が、喜びにも悲しみにも大きくなっている。

こんなことが嬉しいなんて旅行鞄ひょいとあなたに持ち上げられる

 ちなみにこれは、かつて私が詠んだ短歌。

 言葉と写真の余白で、読者はそれぞれの「恋をしていた」自分と、まぶしく再会することだろう。

俵 万智(たわら・まち)

俵 万智

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。石垣島在住。

恋をしていた。
北川悦吏子・著

ディスカヴァー・トゥエンティワン
定価:1,512円(税込) 発売日:2015年06月24日

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