エッセイ

温泉のひみつ~司馬遼太郎が愛した温泉をゆく

『街道をゆく』 (司馬遼太郎 著)

山崎 まゆみ

 司馬遼太郎さんの作品では、愛媛県・道後温泉と関わり深い『坂の上の雲』や、我がふるさと新潟の偉人・河井継之助を描いた『峠』が愛読書ですが、旅を生業としている身として、最も身近な書は『街道をゆく』です。旅に出る時には、いつも鞄に忍ばせています。

『街道をゆく』を担当していた編集者から、「打合せの際に、目の前にあった灰皿のことだけで二時間お話を伺ったことがある」という、司馬さんの博識を裏付けるエピソードを聞いたことがあります。旅は学びの宝庫で、私でさえも、あれも見たい、この人に会いたいと思うもの。

 司馬さんはどんな温泉旅をしたのでしょうか。

「先生は、スピード感がありました。お話のしかたから、態度から、まさに“切る”という感じで、ぱっ、ぱっと切り替えていかれる。奥様もお会いする前は、作家の奥様というしとやかなイメージだったのですが、実際は働く女性そのもの。きりりとされて、ご夫婦とも、良く、似ていらした感じでした」

 こう思い返してくれたのは、山形県米沢市に湧く小野川温泉・扇屋旅館の女将の芳賀登喜子さん。

司馬さんをはじめ、多くの著名人が滞在した特別室。源泉かけ流しの内湯もある

 司馬さんが『街道をゆく』の取材で、扇屋を訪ねたのは昭和五十一年の秋。妻のみどりさんや、山形新聞の支社長も同行していた。扇屋は、米沢藩の奥座敷である小野川温泉きっての老舗宿。芳賀さんが振り返る。

「主人が文学好きということで、うちを選んで頂きましたが、私は、そういうことにはとんと疎かったので、主人の指示通りに動きました。特に主人から“司馬先生には必ず、米沢の郷土料理を出すように”と、料理のことで念を押されたのを今でもよく覚えています。

 米沢が海から遠かったこともあり、あの当時はお客様には、珍しいものとして鮮魚を提供していましたが、司馬先生には米沢で昔から食べていた芋煮などを召し上がっていただきました」

上杉藩の頃から伝わる郷土料理。季節によって「鯉のあらい」なども提供される

 司馬さんは『街道をゆく』のなかで女将のことを、“膳部も、宿の若い奥さんが持ち運んできてくれる”と綴っている。宿の印象も、“料理も、土地のものが多い”、“舞茸などいろんな茸類もあるし、牛の舌(タン)かと思って食ってみるとそれよりも旨く、きけば“あけび”の殻を油でいためてやわらかくしたものだった”などと数ページに渡って記している。もちろん芋煮にも舌鼓をうっていた。

「この時、司馬先生に郷土料理をお出ししたことをきっかけに、他のお客様にも米沢の郷土料理を出すように変えたんですよ」

 と女将は語る。今でこそ、温泉宿でも、郷土料理を提供するのが一般的になりましたが、昭和五十一年と言えば、旅行はまだまだ「ハレの場」であり、「食事も大宴会場で」という時代で、簡素に見られがちな郷土料理を出すことは異色だったはず。さらに、扇屋の主は、司馬さんに目を通して欲しい郷土資料も集めたそうです。

【次ページ】

オール讀物 2016年2月号

定価:980円(税込) 発売日:2016年1月22日

詳しい内容はこちら

関連ワード
おすすめ記事
新着記事 一覧を見る RSS

登録はこちら