1分書評

読む人の数だけ表情がある。長年の愛読書『星の王子さま』

『星の王子さま』 (サン=テグジュペリ 著/内藤濯 訳)

俵 万智

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

 最終回ということで、長年の愛読書『星の王子さま』を。出会ったのは中学生のとき。大好きな英語の先生が勧めてくれた。以来四十年、折に触れてページを開いている。

 中学生のころは、王子さまが旅をする星々の、大人の滑稽さを、かるーく軽蔑した。命令ばかりしている王さまや、飲んでいる恥ずかしさを忘れるために飲んでいる呑み助、金と数字だけの実業屋、あるいは机にかじりついている地理学者。

 高校生のころは、王子さまとバラの花の関係に、一番関心を持った。人から見れば数あるバラと同じでも、王子さまにとって、このバラの花は、世界にたった一つの存在なのだ。これって恋愛だよねと思った。

 その後、短歌を作るようになると、キツネの言葉を詩のように味わった。仲良くなれば、足音は音楽のように聞こえ、麦畑を見ればその金髪を思い出して嬉しくなる…なんていうのに、うっとりした。

 一番有名なのは「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」だろうか。これは、短歌を詠むときもまさにそう。私の第二歌集『かぜのてのひら』は、次の短歌からタイトルをとった。

 

四万十(しまんと)に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら

 

 川は目に見えるけど、風の手のひらは、心が見たものだ。

 

 そして最近は、著者の語りの部分に、惹かれることが多い。著者は六歳のときに「ゾウを飲みこんだウワバミ」の絵を描くのだが、大人たちは、それを帽子の絵と決めつける。中身のゾウを描いても、そんなことはやめて勉強しろと言う。それで六歳の少年は絵描きになる夢をあきらめて飛行機乗りになった。

 ちょっとしたエピソードのようだが、ある時ふと「もし誰かが、この絵をしっかり見て、ほめてやったら、少年の人生が変わっていたかも」と思った。子育てをするようになったからかもしれない。子どもは、肯定されてなんぼの生き物だと感じる。

 もし『星の王子さま』を、まだ読んでいない人がいたら、ぜひ手にとってほしい。「ずいぶんネタばらししてくれたじゃないの」と思われるだろうか。たぶん全然そんなことはない。読む人の数だけ、王子さまの表情がある、そんな本だから。

俵 万智(たわら・まち)

俵 万智

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。

星の王子さま
サン=テグジュペリ・著/内藤濯・訳

岩波少年文庫 定価:本体640円+税 発売日:2000年6月16日

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