解説

二つの大切なこと――今あらためて植村直己を語る

『植村直己・夢の軌跡』 (湯川豊 著)

解説湯川 豊

 でも、こういう話はちっとも魅力を伝えたことにはなりませんね。もう少し筋道を立てるために、最初に南極行きの構想を植村さんから聞いた時の話をしてみましょうか。

 最初に聞いたのは、一九七〇年の九月末ごろでした。一九七〇年っていうのは、その年の五月に先ほども映像でありました、日本人で初めて松浦輝夫さんと共にエベレストの頂に立った年です。帰国して、本当に帰国して席の温まる時間もないくらいすぐに、北米大陸、アラスカに渡りました。マッキンリー、今はデナリという呼称になっていますが、デナリに出かけて行った。ほんとうは単独登山禁止なんですが、管理の人をなんとか説得して単独登頂に成功して帰ってきて、その帰ってきた後に、ちょっと相談したいことがある、っていうんです。

 じゃぁ、たまには僕の方から出かけて行きましょうか、といって、彼がアルバイトをしている京王線の仙川という駅まで出かけて行ったんです。仙川の工事現場に近い、飯場みたいなところにいて、僕は駅前のパン屋であんパンなどを買って、持って行きました。がらんとした飯場の畳の部屋で二人で向かい合ってそのパンを食べながら、食べ終わったところで彼がごそごそとリュックの中から地図を出しました。

 でっかい地図だったんですが、その地図を見るとね、真っ白けだったんですね。こんなのどこの地図なのかと思ったら、この真っ白けの地図が南極大陸でした。いまだと南極の地図、もうちょっと精密でいろいろ書いてあるんでしょうけど、その頃は本当に基地があるくらいで、記入されている情報はほとんどない白い地図。

 それを広げて、この南極大陸、こっちからこっちまで横断すると三千キロ。この三千キロを犬橇を走らせて単独で踏破したい、というんですね。へぇ、と思って聞いておりました。ところであなた犬橇って操縦できるんですか。いや、やったことありません。じゃぁどうするの? グリーンランドでエスキモーの部落に入って、犬橇を習得します。そこからはじめます、という話になったのでした。

 いいですか、南極大陸っていうのは行ったこともない、地図を広げて空白の三千キロ、それを犬橇で行きたい、彼はそういう計画を語るわけですね。だけども、犬橇に乗ったこともないんですよ、その時点では。聞いてる方はちょっと呆然とします。グリーンランドには行ったことがある。それは以前フランスにいたときに、グリーンランドにちょっと遊びに行ったのですが、いずれにしても、そういう南極大陸横断の夢でした。

 その話を聞いて、私は一方で呆れながら、一方で心動かされたのは、よく理由がわからないんです。これだけあてのない話を、知り合って二年くらいの僕にしてくれるっていうのは、そのことじたいがめったにないことのような気がしたんですが、とにかくそのあてどなさのなかに、植村直己っていう男の夢がまるまると詰まっているという感じがします。そのことに心動かされたのかもしれませんね。

 だから、大丈夫かな、そんな漠然とした話を支援するといったって、どういうふうに支援したらいいか、ピンとこないなと思いながら、しかしまぁエベレストに登った男がこういう夢を抱いて、何かやりたいというんだったら、どこまで行けるかわかんないけど、とにかくバックアップしてみようか、というふうな気持にだんだんなってきた。そのことが、自分ながら今でもよくわからないし、そのこと自体のなかに植村の魅力があったのかなぁと思ってます。

 とにかく、南極大陸を横断したいと最初にいった時は、一種の途方もない夢ですね。実際には、グリーンランドに出かけて行って、そのままシオラパルクという一番北にある村まで行って、そこで犬橇を習得する。南極はその後の話なんです。つまり、途方もない夢ではあるけれど、グリーンランドに入ってそういう行動をするということに関してはかなり、実際的で堅実なんですね。そういう堅実な計画と大きな夢とが同居している、そういう在り方というのが植村直己でした。

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植村直己・夢の軌跡
湯川豊・著

定価:本体750円+税 発売日:2017年01月05日

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