解説

二つの大切なこと――今あらためて植村直己を語る

『植村直己・夢の軌跡』 (湯川豊 著)

解説湯川 豊

 行動自体は、始まると本当に一歩一歩なんです。例えば今いったようにシオラパルクでエスキモー集落に入って、確かに犬橇の操縦方法だけでなくて、極地を生きる生き方というのをエスキモーの生き方、生活そのものから学んでいった。自分もなるべくエスキモーに近いところに生きたい、と考えて、彼らのサバイバル技術を学んで、三千キロの犬橇旅行をして帰ってくるんですが、帰ってきてそれではやっぱり足りないと思うわけです。足りないからもうちょっと長距離走りたい。グリーンランドからアラスカのコツビューまで一万二千キロありますけども、これもたった一人で二年がかりで犬橇で走りたい、どうでしょうかという話になったんですね。

 これは、実に堅実な考え方であって、三千キロ走ったからといって南極のように人間が住んでいないところで上手く横断ができるか、犬橇で横断ができるかというのはなかなか難しい。なので、一万二千キロやってみるっていうのは、次の段階として非常に堅実な考え方ともいえると思います。それと同時に、北極圏という未知の場所を探検したい、という気持もあったわけでしょうが。

 でも僕が、その一万二千キロの計画を聞き、かつ途中に報告を受けたり手紙を貰ったりして一番感じたのは、植村さんにおける「単独行」というテーマでした。たった一人で犬橇を走らせて、それにアザラシの肉を積んで、足りないときは海へ出てオヒョウを釣ってそれを犬の餌にして、また自分の食べ物にして、たった一人で一万二千キロ走る。この単独行というか、孤独であるということが当たり前だった。自分の行動の基本にそういう孤独があるということを当然のこととし、かつそこにこそ冒険というものがあるんだというふうに考えていた。その彼の考え方あるいは発想の仕方に僕は非常に惹かれました。

 植村直己の冒険の魅力っていうことを改めて思ってみますと、一つには今いった単独行があります。もう一つは、彼は極地の冒険においては先住民の生き方を徹底して学んだということです。この二つのことが植村の冒険の特徴であり、その魅力でもあったと思うんですね。

 今単独行の話をしました。一人でやる、一人でやるってことは人間としていつも原点に立ち返るということです。いっぽう、人と組んでやる、というのは一個の社会を作ることです。これもまた人間らしいことではありますが、その一個の社会を作る前に、自分という人間がいてそれがあらゆる行動の基にならなきゃいけないというふうに彼は考えて、それを実行したということ。これはやっぱり凄いことだと思いますね。

 植村さんはそういう孤独が好きで、一人でやるということをいつも考えているから、社会的な人間ではないのではないか、というとそんなことはまったくなくて、非常に他人と協調し、他人を思いやるということは人一倍、いや一倍どころか徹底的にそういう心を持っていた人です。人と会ってるときの心遣いというのは、ただならぬものがありました。そういう性格でありながら、片方で冒険は一人でやるんだ、もちろん協力者、その他いろんな人がいてその人たちの力を借りるけれども、最終的に責任を持って冒険を成し遂げるのは一人だ、というふうに考えていたんですね。

 彼の大学時代からの友人とか、結婚してからの公子夫人への頼り方、特に公子さんへの甘え方というのは、これはまた幼児化したようなところがありますけれど、そういうものと一人でやるってことが同居している。これは人間としての二面性なのかもしれませんけれども、非常に冒険家としては魅力のある在り方だったと思います。

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植村直己・夢の軌跡
湯川豊・著

定価:本体750円+税 発売日:2017年01月05日

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