知られざる日本の山林王たち

第一回 山林と日本文化の深いつながり

プロフィール

のむら すすむ/1956年生まれ。ノンフィクションライター、拓殖大学国際学部教授。
上智大学外国語学部英語学科中退後、フィリピンに留学。アテネオ・デ・マニラ大学で学ぶ傍ら取材・執筆活動を始める。帰国後、『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+α文庫)を発表。アジア・太平洋地域、先端医療、メディア、事件、人物・企業論などの分野で取材と執筆を続けてきた。著書に『コリアン世界の旅』(講談社文庫・大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『アジア 新しい物語』(文春文庫・第11回アジア太平洋賞受賞)など。他に、創業百年を超える日本の老舗企業の生き残りを丹念に追った『千年、働いてきました』(角川グループパブリッシング)、在日中国人の「現在」に迫った『島国チャイニーズ』(講談社)がある。
朝日新聞、読売新聞の書評委員を歴任。講談社ノンフィクション賞選考委員。

ケンタッキーと山林王の不思議な関係

 ひょんなひとことから、この長い旅は始まった。

 僕の知人に、日本ケンタッキーフライドチキンの社長を長らくつとめた大河原毅(たけし)さんという実業家がいる。日本にケンタッキーフライドチキンを根づかせた当事者で、わたくしごとで恐縮だが大学の先輩にあたる。

 その大河原さんから、1970年代初めの日本に「ケンタッキーフライドチキン」という一般にはまったくなじみのなかったファースト・フードを広めるにあたってどうしたのかという話を聞いていたとき、彼の口から意外な単語が飛び出した。

 各地の「山林王」に、まず話を持っていったというのである。

 山林王? 

 もちろん、単語としては知っていた。広大な山林を持っている地主たちのことであろう。だが、ケンタッキーフライドチキンと山林王とが、いったいどこでどうつながるのか。「ミスマッチ」とは、まさにこのことではないか。

 大河原さんは、おおむね次のようなことを言った。

 40年ほど前の日本には、「フランチャイズ」という考え方がほとんど知られていなかった。「フランチャイザー」と呼ばれる本部の会社が、「フランチャイジー」と呼ばれる加盟店に商標と独占販売権を与えて、経営のノウハウを指導し、地域での営業をまかせる。加盟店はその代わり、加盟料や指導料を本部の会社におさめる。アメリカ発のこうした経営方式を日本に導入するには、各地の資産家で、なおかつ地元の信頼を集めている人たちに話を持ちかけるのが、最も手堅いやり方と考えたのだそうである。

 大河原さんはまた、それまでのビジネス経験から、日本各地には「山林王」と呼ばれる大地主たちがおり、決して目立たないものの、しばしば各自治体の首長や有力政治家・企業家をしのぐほどの隠然たる影響力を保持していることを知っていた。

 大河原さんが彼らに着目したもうひとつの理由がおもしろい。自分たちの山に木を植えても、それらが木材となって利益が回収されるまでに3、40年かかるのはざらなので、息の長い経営に慣れているはずだからというのである。かりにケンタッキーフライドチキンが日本の地域社会になかなか浸透せず、すぐには利益があがらなくても、平然と持ちこたえられるだけの安定した経営実績に惹かれたそうなのだ。

 各地の山林王たちが受け入れてくれさえすれば、ほかの資産家たちも、まだ海の物とも山の物ともつかないケンタッキーフライドチキンのフランチャイジーになってくれるにちがいない。

 結果として、この思惑は的中した。あの「山持ちの◯◯さん」が入っているならだいじょうぶとの安心感から、アメリカ発のフランチャイズ方式は1970年代初頭の日本に難なく溶け込み、定着していったのである。

【次ページ】「もののけ姫」にも登場する出雲地方の山林王

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