知られざる日本の山林王たち

第二回 ハブが君臨する奄美大島の深い森

プロフィール

のむら すすむ/1956年生まれ。ノンフィクションライター、拓殖大学国際学部教授。
上智大学外国語学部英語学科中退後、フィリピンに留学。アテネオ・デ・マニラ大学で学ぶ傍ら取材・執筆活動を始める。帰国後、『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+α文庫)を発表。アジア・太平洋地域、先端医療、メディア、事件、人物・企業論などの分野で取材と執筆を続けてきた。著書に『コリアン世界の旅』(講談社文庫・大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『アジア 新しい物語』(文春文庫・第11回アジア太平洋賞受賞)など。他に、創業百年を超える日本の老舗企業の生き残りを丹念に追った『千年、働いてきました』(角川グループパブリッシング)、在日中国人の「現在」に迫った『島国チャイニーズ』(講談社)がある。
朝日新聞、読売新聞の書評委員を歴任。講談社ノンフィクション賞選考委員。

 照葉樹林に潜む魔物

 さて、僕はいま内心おびえながら、奄美大島の森を歩いている。

 昼ひなか、前とうしろにこの森を知りつくした案内役がついているというのに、気分がどうにも落ち着かない。

 なんでそんなにびくびくしているのかって? ご覧になっていないだろうか、テレビ版『男はつらいよ』の最終回を。

 渥美清演じる「フーテンの寅」は、この島で毒ヘビのハブに噛まれて死んでしまうのである。

 かつて寅さんのようなテキ屋稼業に、ヘビはつきものであった。ヘビの見せ物、皮製品、マムシ酒にマムシの膏薬(こうやく)、こなぐすり。それならマムシよりも強力なハブでひともうけしようと奄美大島に乗り込んで、寅さん、あえなく頓死してしまったのである。こんなふうに人気者の主人公を死なせたので、テレビ局には抗議が殺到した。その結果、映画版『男はつらいよ』が誕生したのは、よく知られた話だ。

 いや、ハブがこわいのは、映像のなかだけではない。現に、僕をこの森にみちびいた田淵英樹さんも、30数年前、ハブに噛まれたが九死に一生を得ている。

「こっちでは、ハブに『打たれる』っていう言い方をするんですよ」

 田淵さんは言う。

「僕も、太ももを割りばしか何かで強く突かれたと思った。誰かがふざけてやったのかと思って振り向いたら、人はいなくて、代わりにハブが鎌首をもたげて、ほとんど直立していたんです。僕は思わず『ハブに打たれた!』と叫びました」

 たまたまいた場所も悪かった。山道や林道からはずれた森の中の谷間にいたのである。噛まれた部位が太ももだったため、ベルトやロープで縛ったりして毒のまわりを防ぐことさえできない。太ももは見る見るうちに黒く腫れあがり、もとの倍ほどになったとさえ思った。

 同僚たちにかつがれて、谷をくだり、崖(がけ)をのぼった。

「頭は、もうパニック状態ですよ、『死ぬ』っていう恐怖で。とっさに自分の子どもの顔が浮かんできたのを覚えています。それからクルマで病院に運ばれて、麻酔をされ意識を失いました。あとで医者から言われましたが、完全に危篤状態だったそうです」

 田淵さんは、「私の部下も危なかったんですよ」と苦笑まじりに言う。

「森で作業をしていたとき、彼がチェーン・ソー(電動のこぎり)を空に向かって振り回してるから、『なにやってんだ』って行ってみたら、ハブがまっぷたつに斬られて、草の上でのたうちまわっていた。木の上から飛びかかってきたやつを、間一髪でしとめたんです」

 そんなにハブは攻撃的なのか。僕は足元だけではなく、木の上にも目を凝らすようになった。

 しばらく行くと森が開け、峠のようなところに出た。

 僕は、思わず歓声をあげた。ハブの恐怖から解き放たれたせいではない。目の前に広がる光景に驚嘆したのだ。

 南国の明るい空の下、見渡すかぎり緑のじゅうたんが幾重(いくえ)にも層をなしている。建物や街灯、電線といった人工物は、かけらも見当たらない。胸がすく一大パノラマである。

「黄緑(きみどり)」「緑」「深緑」あるいは「浅葱(あさぎ)色」「萌葱(もえぎ)色」――、実際の葉の色合いはもっと微妙で千差万別なのだが、いずれもその輝く色つやを見れば、木々の1本1本が水をたっぷり吸い込んでいることがわかる。もしここに巨人のダイダラボッチがあらわれて、ブロッコリーのような樹冠(じゅかん)をひとつでもつまめば、水分が滴(したた)り落ちるにちがいない。

 これほど見事な照葉(しょうよう)樹林を、僕は見たことがなかった。「日本のアマゾン」と呼ばれる沖縄の西表(いりおもて)島にも照葉樹林は広がるが、人工物がつねにどこかで目に入り、ここまで圧倒的な、まるで大海原(おおうなばら)のような森ではない。

「このうちのどこからどこまでが岩崎産業の森ですか」

 そう尋ねると、案内役の田淵さんは、

「ああ、これ全部ですよ」

 至極あっさりと答えた。話のスケールと口調とが、なんとなくつりあわない。それはさておき、田淵さんが代表取締役をつとめる奄美岩崎産業の親会社にあたる岩崎産業が、この広大無辺な森の持ち主で、南九州から南西諸島にかけての地域を代表する“山林王”の会社なのである。

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